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個別記事の管理2008-02-20 (Wed)

今日2月20日は私の1番最初の恩師、森安耀子先生のご命日です。

12年前の今日、先生は逝かれたのです。

忘れもしない、その当時私は高校3年生。

芸大入試を2週間後くらいに控えていました。

その訃報を知ったのは亡くなって数日後。

電話に出た母の悲鳴に近い声に、私はただならぬものを感じました。

「森安先生、亡くなったんだって・・・。」

母の声は震え、私は言葉にもならず泣き崩れたのを思い出します。

 

いろんなことが頭の中を巡りました。

年末に久しぶりにお電話したときに、先生がおっしゃった言葉。

「あなたはもう、今就いている先生にみてもらいなさいね」

・・・・私は先生に見捨てられたんだわ、と落ち込んだこと。

 

そして新年には、お世話になった10年間で初めて年賀状を頂いたこと。

 

何かが違う、と思っていたことが後になって明らかになりました。

そう、先生は病気と闘っていたのです。

気丈な先生は、それを最期まで私たち生徒には告げず、

お元気なお姿だけを私たちの記憶に留め、

そしてそっと旅立っていかれました。

 

先生との最初の出会いを思い出します。

「こんなに小さい子は教えたことがないけどね・・。」

そうおっしゃて、小1の私を生徒として受け入れてくださいました。

桐朋の大学で教えていらしたので、話は全てが大人向き。

子供の私にはよく理解できないことが多く、困りました。

でも、こうやって弾くのよ、と必ず弾いて下さるので、

私はただただ真似をしていました。

 

「私より上手く弾けたらご褒美上げる!」

とおっしゃる先生に、「ハイ!」と言って

本気で互角に闘おうとしている私を見て、

大きな声で笑っていらした先生。

 

”演奏家はこうでなくてはならない”と、

幼い私にも、演奏以外のピアニストとしての要素を

教えてくださった先生。

 

私が高校生の時、初めてコンチェルトをプロのオーケストラと共演した時は、

お忙しいのに駆けつけて下さり、

「感激したわよ~。」と言ってくださいました。

滅多に誉めない先生からの嬉しい言葉に、私の方が感激したのを

覚えています。

 

いつも溌剌としていた先生。だから信じられませんでした。

10年レッスンに通って、先生が体調不良でお休みされたこともなければ、

風邪をひいている姿を見たこともなかったのです。

 

大学生になったらまた見ていただこうと思っていたのに。

その歳になったら、先生のお話もきっと理解できただろうに。

・・・そんなことを未だに考えてしまいます。

 

自宅のピアノの上には先生の笑っている写真が飾ってあります。

とてもいい笑顔で、毎日私の練習を聴いています。

先生、これからもずーっと、見守っていて下さいね!

  

 

 

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* by ゆざぽん
私の恩師はありがたい事にまだご健在ですが、不老不死の妙薬があるわけでもないのでいつかいつか別れの日が訪れるのでしょう…
考えたくもなく、考えられる事でもなく…

本当に辛いよね。

* by 管理人
うん。いつかはね。受け入れなくてはいけない現実です。だから、先生方がお元気なうちに、なるべくいろんなことを吸収したいものです。

ゆざぽん、ありがとう。

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